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札幌地方裁判所 昭和48年(行ウ)15号 判決 1979年3月28日

札幌市中央区伏見町一八五八番地一〇

原告

西尾長平

右訴訟代理人弁護士

森越博史

右訴訟復代理人弁護士

森越清彦

右訴訟代理人弁護士

藤原栄二

三津橋彬

同市同区大通り西一〇丁目札幌第二合同庁舎

被告

札幌南税務署長

被告

阿部健造

右指定代理人

小林正明

大山瑞彦

西田將

向英洋

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和四四年分所得税について

(一) 昭和四七年六月二九日付でした再更正処分のうち、分離長期譲渡所得につき金額金七〇九万三二二〇円、その税額につき金七〇万九三〇〇円を超える部分を取消す。

(二) 同日付でした過少申告加算税変更決定のうち税額金一八〇〇円を超える部分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、原告の昭和四四年分所得税について、訴外札幌東税務署長に対し、その申告期限内である昭和四五年三月一一日、別表第1欄記載のとおり確定申告をし、次いで同年七月一七日、別表第2欄記載のとおり修正申告を行ったが、右札幌東税務署長は、右修正申告に基づき、同年七月三一日付で原告に対し、別表第3欄記載のとおり過少申告加算税の賦課決定をし、また同年九月三〇日付で別表第4欄記載のとおり更正決定をした。

(二)  しかるところ被告(大蔵省組織規定の改正により右札幌東税務署長の所轄を引き継いだ)は、昭和四七年六月二九日付で別表第5欄記載のとおり再更正及び過少申告加算税の変更の各処分(以下、これを「本件各処分」という)を、その旨原告に通知して行った。

2  被告の本件各処分の理由は、原告は、昭和四四年分につき別表第4欄記載の各所得がある外、更に、訴外藤田シヅとの離婚にともない、昭和四四年一二月一五日同訴外人との間に成立した即決和解に基づき、同訴外人に対し、慰藉料金一億四〇〇〇万円の支払いに代えて別紙物件目録記載の各土地(以下、「本件土地」という)を譲渡し、その所有権移転登記をしたにもかかわらず、この分離長期譲渡所得の申告をしなかったというにある。

しかしながら、原告の昭和四四年分の所得及び分離長期譲渡所得は別表第4欄記載のとおりである。したがって本件再更正処分は分離長期譲渡所得につき金額金七〇九万三二二〇円、その税額につき金七〇万九三〇〇円を超える部分が、過少申告加算税変更決定は税額金一八〇〇円を超える部分がいずれも違法である。

3  そこで、原告は、昭和四七年八月二六日、被告に対し、本件各処分について異議申立をしたが、被告は、同年一一月二八日付でこれを棄却する旨の決定をしたので、原告は、同年一二月二一日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は昭和四八年七月九日付でこれを棄却する旨の裁決をし、右裁決書の謄本は、同月一七日原告に送達された。

4  よって、原告は被告に対し、本件各処分につき右違法部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及びこれに対する被告の主張

1  第1及び第3項は認める。第2項中、原告の昭和四四年分の分離長期譲渡所得及び過少申告加算税額が別表第4欄記載の額を超えないとの点は争い、その余の事実は認める。

2(一)  原告は別表第4欄記載の所得の外、昭和四四年一二月一五日、訴外シヅに対し、本件土地を譲渡したものである。

(二)  しかして右譲渡は、原告において訴外シヅに対し離婚に当り負担した慰藉料金一億四〇〇〇万円の支払いに代えてなされたものであり、かつ、本件土地は原告の特有財産であったものである。すなわち、

(1) 原告は昭和三年訴外シヅと婚姻したが、昭和四四年一二月一五日協議離婚するに至ったものであるところ、同日申立人訴外シヅ、相手方原告間の札幌簡易裁判所同年(イ)第二二二号慰藉料請求事件について、両者間に次の内容の即決和解が成立した。

(イ) 原告は訴外シヅに対し慰藉料として金一億五〇〇〇万円を支払う。

(ロ) 右のうち金一〇〇〇万円については昭和四五年三月三一日限りこれを支払う。

(ハ) 残額金一億四〇〇〇万円については、その支払いに代えて原告所有の本件土地の所有権を移転することとし、昭和四四年一二月一五日限り所有権移転登記手続をする。

(2) そして本件土地は、原告が訴外シヅとの婚姻中に自己の名で取得した特有財産である。すなわち、本件土地は、かつて原告の父西尾長次郎の所有であったが、同人の死亡により原告が昭和二〇年一月二〇日、これを家督相続によりその所有権を取得したものである。

その後婚姻中に右シヅにその所有権を移転したことはないから、離婚に至る当時まで原告の特有財産であった。なお、訴外シヅが婚姻中に自己の特有財産を売却して家計費を捻出したことによって、反面本件土地を保持し得た等の事情があったとしても、民法の採用する完全な夫婦別産制の立場からは、これによって本件土地が原告の特有財産たる性格を失うものではない。

(3) 本件のように、慰藉料の支払いに代えて土地の所有権を移転した場合は、当該資産の移転は所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」に該当し、その所得は譲渡所得として課税すべきものである。そして被告の調査の結果本件土地の時価を総額一億四〇〇〇万円と評価することは妥当な金額であることが判明したので、譲渡の当事者が合意により定めた当該金額(一億四〇〇〇万円)をそのまま本件土地の譲渡による総収入金額と認め、さらに当該資産の取得価額については、長期譲渡所得の概算取得費控除として右収入金額の一〇〇分の五に相当する金額(七〇〇万円)とし(租税特別措置法三一条の二)、ほかに譲渡に要した費用はないから、右取得費を収入金額から控除のうえ本件譲渡所得の金額(同法三一条)一億三三〇〇万円としたものである。

(三)  仮に、本件土地所有権の移転の実質は即決和解条項の記載にもかかわらず慰藉料債務の代物弁済ではなく無償の財産分与であったとしても、本件土地所有権の移転はやはり所得税法三三条一項の資産の譲渡に該当する。その場合の譲渡所得の金額は、前項(3)と同様の計算により同額である。

(四)(1)  一般的にいって、譲渡所得に対する課税は、毎年の資産の値上りによる資産の増加益を所得として、この資産が所有者の支配を離れて他に移転する機会にこれを清算して課税する趣旨のものであるから、当該譲渡所得の発生は、当該譲渡の有償か無償かには全くかかわりないことである。したがって、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず資産を移転させる行為をいうのである。

民法七六八条の財産分与の本質については、(イ)夫婦共同生活中の共通の財産の清算(ロ)離婚を惹起した有責配偶者に対する損害の賠償(ハ)離婚後の生活についての扶養、の三要素が絡み合っており、これを一義的に解することは困難であるとされている。しかし即決和解条項のうち、金一〇〇〇万円の現金の授受のみが慰藉料に当るものとすれば、それ以外は全く慰藉料的要素は含まれないのであるから、本件土地の譲渡の場合、主として(イ)及び(ハ)の要素が強くなってくる。

ところで、民法七六八条の解釈としては、同条三項において分与の額及び方法を決定するにあたっては、「当事者双方がその協力によって得た財産の額」を考慮すべきことをあげているところから、財産分与は夫婦間の共同生活の清算と解する考え方もある。しかしながら、婚姻生活全般にわたる妻の労働は、それ自体独立した経済的評価をするのは困難であるところから、妻の労働が夫個人に帰属する財産の蓄積又はこれの減少の防止にどれだけ貢献したかを離婚に際して正確に計算することは不可能であり、民法の採用する夫婦別産制をも併せ考慮すれば、財産分与はむしろ社会政策的観点からする相手方配偶者に対する扶養の要素が大であると解せられる。したがって離婚に際して夫婦の一方の特有財産が相手方へ移転すれば、これにより資産の譲渡があったというべきである。

(2) また夫婦が離婚したときは、その一方は他方に対し財産分与を、及び有責配偶者に対しては慰藉料を請求することがそれぞれできる。そして右慰藉料あるいは財産分与の数額が具体的に確定されて、これにしたがい一方より他方への金銭の支払い、不動産の譲渡等が完了すれば、右慰藉料及び財産分与の支払い義務は消滅することとなり、右義務の消滅はそれ自体一つの経済的利益ということができる。

したがって本件土地所有権の譲渡が慰藉料の支払いに代えてなされたものであるにせよ財産分与として行われたものであるにせよ、原告が即決和解上の義務の履行として本件土地を訴外シヅに譲渡した以上、右譲渡によって消滅した債務に相当する額の利益が生じるのであるから、これを譲渡所得ととらえて課税の対象とできることは疑問の余地がない。

以上のとおりであるから、被告の本件各処分は適法である。

三  被告の主張に対する認否及びこれに対する原告の主張

1  第2項(一)の事実は否認する。(二)の(1)のうち、原告と訴外シヅとは昭和三年婚姻したが、昭和四四年一二月一五日離婚するに至ったこと、同日申立人訴外シヅ、相手方原告間の札幌簡易裁判所同年(イ)第二二二号慰藉料請求事件について両者間に即決和解が成立したこと、右和解調書中には被告主張(イ)ないし(ハ)と同旨の記載があること、原告が訴外シヅに対し、右即決和解において、慰藉料金一〇〇〇万円の支払い及び本件土地について訴外シヅへの所有権移転登記手続をする旨約したことの各事実は認めるが、その余は否認する。(2)の事実のうち本件土地がかつて原告の父西尾長次郎の所有であり原告が昭和二〇年一月二〇日これを家督相続したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2(一)  原告は遅くとも昭和二九年九月一〇日ころまでには、訴外シヅに対して本件土地を贈与しあるいは本件土地を同訴外人所有の土地約三七〇〇坪と交換した。すなわち、訴外シヅは原告と婚姻の際持参した札幌市豊平区旭町七六番一九、同番四二、同番四三、同番四四、同番四六、以上計約三七〇〇坪の土地を特有財産として所有していたが、昭和二三年頃これらを売却し、その売得金を以て原告の相続税、富裕税等の納税に充てたところ、原告は昭和二九年九月一〇日頃訴外シヅに対してこれに報いるため本件土地を贈与したものである。原告はその頃から訴外シヅに対し、本件土地から得られた地代収入についてその処分を委ね、訴外シヅにおいて本件土地についての公租公課を右収入から納付していたものであって、このことからしても原告は訴外シヅに対し本件土地を贈与又は訴外シヅの前記不動産と交換したものといわなければならないのである。

仮にそうでないとしても、原告は同訴外人に対し、昭和四三年六月一日、本件土地を贈与しあるいは本件土地を同訴外人所有の右の土地と交換した。尤も原告と訴外シヅとは、その際、死因贈与の形式を採ったが、これは贈与税納付を回避する手段としてかくしたに過ぎないものである。

したがって、前記即決和解当時、本件土地は訴外シヅの特有財産となっていたものであり、そのため右和解においては原告は、その所有権移転を確認したにすぎず、原告は本件土地の登記名義を実質に即させる目的で右訴外シヅに対してその所有権移転登記を約したに過ぎない。

(二)  仮に、前記即決和解当時本件土地が原告の特有財産であり、右即決和解によって本件土地所有権が原告から訴外シヅに移転したものとしても、なおこれをもって資産の譲渡があったものとみなして課税することは違法である。

(1) 本件土地の譲渡は無償の財産分与としてなされたものである。即ち、離婚にともない財産の授受が行われた場合に、それがどのような趣旨であるかは単に授受を定めた文書の字句によって判断すべきではなく、その当事者の諸事情を総合的に勘案したうえでなされるべきである。

一般に、離婚にともなう財産の授受が、被分与者が贈与税の課税を免れるために慰藉料名目でなされていることは、公知の事実に属するところであり、本件にあっては慰藉料として、現金一〇〇〇万円の支払いが約されていることを勘案すると、本件土地の譲渡は、いわゆる離婚慰藉料でなく財産分与としてなされたものであること明白である。

(2) 財産分与に際する不動産の譲渡に所得税法三三条を適用して課税することは、以下の理由により違法である。

(ⅰ) 譲渡所得課税は資産の値上りによる増加益を所得として流出時に清算課税するものと解することはできず、また仮にかく解したとしても、所得税法三三条は、資産の譲渡が対価の受入れをともなう場合、即ち、有償による資産の移転に限って、右資産の値上りによる増加益につきこれを課税の対象としてとらえていると考えるべきである。なぜならば、

(イ) そもそも、所得税法(以下、単に「法」という)は「所得」をすべて「収入」の形態でとらえているところ、「収入」とは、その概念につき同法上特定の規定はないから、一般の用語に従い、「経済価値の外部からの流入」と解すべきであり、そうして見ると単なる資産の価値の増加益は収入及び所得と解すことはできないから、これは課税の対象外と解せざるを得ない。

また、仮に資産の増加益自体が所得であると解するならば、資産の有償譲渡の場合の所得金額は、資産の増加益相当額から取得費及び譲渡費用を控除した金額か有償対価(代金)から取得費及び譲渡費用を控除した金額のいずれか一方を基礎とすべきものとなろうが、法三三条三項は、右に反し、「譲渡所得の金額は……それぞれその年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、その残額の合計額」と規定しているものであって、当該資産の保有期間の増加益を基準とはしていないのである。

(ロ) 次に、法三三条一項が「譲渡所得とは、資産の譲渡……による所得をいう」と規定し、昭和四八年法律第八号により改正された現行法五九条一項は特に、法人に対する贈与等一定の無償又は著しい低価額の対価による財産の移転についてのみ「時価で、資産の譲渡があったものとみなす」旨規定しているが、その対比から考えれば、本来法三三条の「資産の譲渡」にあたらない「資産の移転」が法五九条によってはじめて「資産の移転があったたものとみな」されていると考えざるを得ない。昭和四八年法律第八号による改正前法五九条が、ことさら贈与、遺贈について「その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があったものとみなす」旨特別規定をおいて、課税対象を拡大していることに照らせば法三三条においては、贈与等を同条にいう資産の譲渡に含ませていないものと解されるのである(昭和四八年法律第八号により改正された法律第五九条は法人に対する贈与、遺贈のみをのこして個人に対するそれを除外している)。

以上のとおり、法第三三条にいう資産の譲渡とは、有償による資産の移転を意味しているのである。

(ハ) みなし譲渡課税の沿革に照らして考察しても、昭和二五年、シャウプ勧告に基づく税制改正において、相続、遺贈又は贈与の際にみなし譲渡課税を行う制度が設けられたものであるが、これは、相続又は贈与等の時までのキャピタルゲインは被相続人の贈与等にすでに帰属しており、資産がその者の支配から離れる段階で課税の清算を行うことにより、課税の無期限の延期を防止することを目的とするものであった。しかし、この制度は、昭和二七年度の改正によって、相続のばあいは、本人の意思に基づかない資産の移転であり相続税のほかに被相続人に対し、キャピタルゲイン課税が行なわれることについての一般納税者の納得を得がたく相続の際のみなし譲渡課税を廃止し、さらに、昭和三七年の改正によって、贈与等の場合であっても、贈与者が贈与に関する明細書を課税庁に提出すれば、みなし譲渡課税を行なわず、相続の場合と同様、課税繰り延べを認める制度になったのである。そして、昭和四八年法律第八号により改正された現行法五九条の規定する如く、個人に対する贈与又は、低価譲渡についても譲渡所得税は課せられなくなったのである。この立法の変遷は、無償の資産移転についての課税は法五九条の如き特別な例外規定をもってはじめて許されるものであるとの解釈論を正当化するとともに、法三三条は、無償の資産移転の場合における譲渡所得課税の根拠になりえないことを物語るものである。

(ニ) 以上のとおりであって、対価の受入れを伴わない資産の譲渡の場合においては、資産の増加益がその資産の時価に照らして、具体的に把握することができるとしても、その譲渡は、本条にいう「収入金額」を伴ったものとはならないのであり、法三三条が適用されるのは、対価の受入れを伴う場合、本件に即すれば資産の譲渡者に経済的利益の享受があった場合に限られるべきである。

(ⅱ) ところで財産分与は、婚姻中に形成された夫婦共有財産ないしは潜在的持分の清算分割という性質が中核となっているものであるから、これを以て有償の資産の移転ということはできないものである。そうとすれば、財産分与の場合は法第三三条にいう資産の譲渡には当たらないものといわざるを得ない。そして、右のとおり、現行法五九条が規定する通り個人に対する贈与等の恣意的財産移転が可能な形式による資産の移転についてすら譲渡所得税を課さない法制下にある以上、法律上の義務としてなされる離婚に伴う財産分与としての資産の移転について、譲渡所得課税をなすことは、あきらかに、不均衡、不合理な結果をもたらすものである。

(ⅲ) これを本件についてみるに、本件土地の譲渡は、すでに述べたとおり慰藉料の性質を含まない財産分与である。しかしてこの財産分与はまさに、片務、無償行為の性質を有するものであり、分与者が協議、調停によって目的財産の権利を移転すべき債務の履行として権利移転の行為をしたからといって、分与者がそのことにより何ら経済的利益を享受するものではないことは明らかである。

ひるがえって、財産分与に関する合意の成立による無償での権利移転の債務の負担とその履行としての現実の権利移転行為の法律上の性質は、贈与契約の成立による無償での権利移転の債務の負担とその履行としての現実の権利移転行為のそれと同一と考えられるから、本件財産分与も贈与等と同様に扱われるべきである。のみならず、本件財産分与は原告と訴外シヅが婚姻中維持してきた共有財産たる本件土地の寄与に応じた清算分割なのである。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第六号証、第七号証の一ないし一九の各一、二、二〇ないし二三の各二、二四ないし二六の各一、二、二八ないし五一の各一、二、五二の二、五三ないし五七の各一、二、五八の二、六〇ないし六二の各一、二、六三ないし六五の各二、六六の一、二

2  証人藤田シヅ、同田辺照雄、原告本人

3  乙号各証の成立は認める。

二  被告

1  乙第一号証の一ないし六、第二号証の一ないし一〇、第三及び第四号証の各一ないし六、第五、第六号証、第七号証の一ないし五

2  甲号各証の成立は認める。

理由

一  請求原因第1及び第3項並びに第2項中、本件処分の理由が原告主張のとおりであること、原告が少くとも昭和四四年分所得につき別表第4欄記載の所得があったことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各処分の適法性、すなわち右所得の外、本件土地についての譲渡所得があったことについて判断する。

1  原告は昭和三年訴外藤田シヅと婚姻したものであるが、昭和二〇年一月二〇日、原告の父亡西尾長次郎の死亡による家督相続によりその所有であった本件土地を取得したこと、原告と訴外シヅとは昭和四四年一二月一五日離婚するに至り、同日、両者間に札幌簡易裁判所同年(イ)第二二二号慰藉料請求事件について即決和解が成立したこと、右和解調書中には、(イ)原告は訴外シヅに対し慰藉料として金一億五〇〇〇万円を支払う。(ロ)右のうち金一〇〇〇万円については昭和四五年三月三一日限り支払う。(ハ)残額金一億四〇〇〇万円については、その支払いに代えて原告所有の本件土地の所有権を移転することとし、昭和四四年一二月一五日限り所有権移転登記手続をする。という趣旨の記載があること、原告が訴外シヅに対し、右即決和解において、慰藉料金一〇〇〇万円の支払い及び本件土地について訴外シヅ名義の所有権移転登記手続をする旨約したことの各事実は当事者間に争いがない。

2  原告は、遅くとも昭和二九年九月一〇日までには、仮にそうでないとしても昭和四三年六月一日には、原告が訴外シヅに対して本件土地を贈与し、あるいは本件土地を訴外シヅ所有の土地約三七〇〇坪と交換し、訴外シヅが本件土地の所有権を取得したもので、即決和解の条項のうち慰藉料の支払いに代えて本件土地所有権を訴外シヅに移転する旨の部分は、単にそれ以前の所有権移転の事実を確認しあったものにすぎない、と主張する。

成立に争いのない甲号各証、乙第一号証の一ないし六、第二号証の一ないし一〇、第三号証の一ないし六、第四号証の一ないし六、第六号証並びに証人藤田シヅ及び同田辺照雄の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は前示の如く本件土地を取得後間もなく、これを第三者に賃貸することによって得られる地代収入の管理を妻である訴外シヅに委ね、公租公課の支払いも同訴外人にさせていたこと、次いで昭和二三年ころ訴外シヅは原告との婚姻に際して持参した札幌市豊平区旭町二丁目所在の自己の特有財産たる不動産を処分して、その売得金を生活費及び税金支払いなどのため家計に組み入れたこと、昭和二九年ころから原告の女性関係等をめぐって夫婦関係は悪化したことから訴外シヅの求めもあり、また、原告は本件土地を所有していたことから富裕税を課せられたため、この税金の負担の軽減の意味もあって、同年九月一〇日本件土地六六筆を含む六十数筆の土地を訴外シヅに贈与する旨約し、同年一一月二五日、原告は訴外シヅに対し、本件土地のうち少くとも札幌市豊平区豊平五条八丁目七〇番一〇など六二筆につき同年九月一〇日の贈与を原因として訴外シヅ名義の所有権移転登記手続をしたこと、昭和四三年六月一日には再び訴外シヅの求めに応じて本件土地及び札幌市豊平区豊平五条八丁目七〇番一五等三筆について原告から訴外シヅに対し死因贈与する旨の公正証書(甲第六号証)を作成し、同月二二日、これを原因とするシヅ名義の所有権移転請求権仮登記をした(ただし、札幌市豊平区豊平五条八丁目七〇番三三を除く)こと、昭和四四年の即決和解がまとまる過程で原告が本件土地の財産的価値を詳しく検討した結果その譲渡を決意したとは窺われないことの各事実が認められる。しかし、他方、前掲各証拠及び成立に争いのない乙第七号証の一ないし五によれば、原告は家計をすべて妻シヅに任せ切りで本件土地の地代等の収入も家計費に組み入れられて訴外シヅの管理下にあったにすぎないこと、昭和四〇年ころ直接地代の取立を担当していた訴外田辺照雄には、原告がその取立を依頼していたもので賃貸借契約も原告を賃貸人として行われており、離婚後はじめて訴外シヅが賃貸人となったこと、昭和二九年、本件土地の少くとも大部分につき訴外シヅ名義に所有権移転登記がなされたのは、夫婦喧嘩の末の衝動的な措置であったが、その結果、訴外シヅに贈与税が課せられると判明するや訴外シヅ及び原告合意のうえ、訴外シヅ名義の所有権移転登記は錯誤を原因として抹消されたこと、原告は昭和四一年三月から昭和四四年三月迄の間所轄税務署に対し、昭和四〇年ないし昭和四三年分の所得税確定申告書を提出したが、その申告書には本件土地を自己の資産所得として記載し、また、その所得税も原告において納付していたこと、昭和四三年の公正証書による贈与契約と仮登記手続にしても、その効果は原告の死亡によって発生するものにすぎないこと、昭和四四年離婚するに際して、離婚は原告が望んだことで、原告から本件土地の譲渡を離婚の代償として訴外シヅに提案したこと、訴外シヅが昭和二三年に売却した土地は昭和五〇年において本件土地と坪単価をほぼ同じくするものであるが、面積は約半分にすぎないこと、本件土地を何時如何なる原因で訴外シヅに譲渡したのかについての原告の供述内容はあいまいであるが、訴外シヅ自身はむしろ離婚に際し譲渡を受けたと考えていることの各事実が認められ、これらの事実に照らして考えると、前記認定の各事実から昭和二九年まであるいは昭和四三年に原告が本件土地の所有権を訴外シヅに譲渡する旨の合意が成立したと認めることはいずれもできない。その他原告主張を認めるに足る証拠はない。したがって、その他特段の所有権移転の事情も窺われないから、昭和四四年一二月一五日まで本件土地は原告の特有財産であったと解される。なお、現行民法は夫婦の財産関係については、いわゆる別産制をとっていると解せられるから、たとえ夫婦の一方が自己の財産を処分するなどして夫婦の共同生活に貢献したとしても、それによって他方の特有財産がその性格を失うものではない。訴外シヅの自己の資産の処分とその売得金の家計費等への組み入れは本件土地が原告の特有財産であることを変更させるものではない。

3  さて、右のとおり昭和四四年一二月一五日まで本件土地が原告の特有財産であった事実及び当事者間に争いのない即決和解調書の記載及び証人藤田シヅの証言を総合勘案すれば、同日成立した即決和解によって、本件土地は原告から訴外シヅに譲渡されたことが認められる。

三  次に、右本件土地の譲渡が所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」にあたるかにつき判断するに、譲渡所得に対する課税の本質は資産の値上りによってその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものと解すべきであるから、その課税所得たる譲渡所得の発生には必ずしも当該資産の譲渡が有償であることを要しない。すなわち、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず資産を移転させる一切の行為をいうものと解すべきである。同法五九条一項(昭和四八年法律第八号による改正前のもの)が譲渡所得の総収入金額の計算に関する特例規定であって、所得のないところに課税譲渡所得の存在を擬制したものでないことは、その規定の位置及び文字に照らして明らかである。(最高裁第三小法廷昭和五〇年五月二七日判決、最高裁民事判例集第二九巻六四一頁参照)

そして、慰藉料債務の履行に代えて不動産等の譲渡がなされた場合はもちろん、財産分与についても、これに関して夫婦間に協議等が行われてその内容が具体的に確定され、これに従って不動産等の譲渡による分与がなされた場合には、右各譲渡によってそれぞれ慰藉料支払義務あるいは財産分与義務が消滅することから、いずれもそれ自体一つの経済的利益ということができる。したがって、慰藉料債務の履行に代えてあるいは財産分与として不動産等の資産を譲渡した場合、譲渡者は、これによって慰藉料支払義務あるいは財産分与義務の消滅という経済的利益を享受したものというべきである。

したがって、昭和四四年一二月一五日の即決和解による本件土地所有権の譲渡は、その性質を慰藉料の支払いに代えてなされたものとみるにせよ財産分与とみるにせよ、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」にあたるといわなければならないことに逕庭はない。

右と同趣旨の被告の判断は正当として是認することができ、原告の財産分与としてなされた不動産の譲渡は譲渡所得課税の対象とならない旨の主張は採用できない。

四  昭和四四年一二月一五日、原告が訴外シヅに対して本件土地を譲渡したことが分離長期譲渡所得課税の対象となる場合の譲渡所得の金額については原告が明らかに争わないからこれを認めたものとみなす。

五  そうしてみれば、被告の本件各処分はすべて適法であってその取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 磯部喬 裁判官 笹村將文 裁判官 寺田逸郎)

別表

別紙物件目録

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